安寧願い 朝の奉仕継続 広田町慈恩寺 震災の避難者が清掃活動

▲ 境内清掃で集まりこいのぼりを見上げる(右から)熊谷さん、菅野さん、古山住職(30日)

 東日本大震災で避難所となった陸前高田市広田町の慈恩寺(古山昭覚住職)で、当時の避難者らが早朝の清掃奉仕活動を続けている。4月29日には、震災をきっかけに掲げるようになったこいのぼりを掲揚。見頃を迎えたヤエザクラと、青空を泳ぐこいのぼりが境内に彩りを添え、住民らは震災後15年の時間の流れも感じながら安寧の日々を願う。(阿部仁志)

 

 奉仕活動を行っているのは、同寺がある広田町泊地区の有志ら。このうち、菅野千春さん(78)と熊谷芳正さん(74)の2人は、同30日午前6時30分過ぎに集まり、本堂隣にある小屋でコーヒーを飲んで一息ついたあと、前日に掲げたこいのぼりのロープの調整と清掃活動を行った。
 この日は爽やかな青空が広がった。震災前から根付くヤエザクラは満開となり、濃いピンクの花と、そよ風にゆらぐこいのぼりが朝日に映え、落ち葉払いを行う2人も自然と笑顔になった。
 ほぼ毎朝、同寺に通っているという菅野さんは「もう生活の一部になっていて、自然と足がここに向く」と語り、熊谷さんも「一日の始まりは慈恩寺から。ここに来ると心が落ち着く」と、すがすがしい表情を浮かべた。
 平成23年3月11日、当時約200世帯が暮らしていた泊地区に津波が押し寄せ、地区民約80人が1次避難所となっていた同寺に避難。自宅が全壊した菅野さんも身を寄せ、寺内では雑魚寝の生活が続いたが、「顔見知りが多く、みんな家族という雰囲気で安心感があった」という。同じく家が全壊し、親戚宅に避難した熊谷さんも、多くの情報が集まった同寺に毎日のように通った。
 避難生活が約4カ月間続いた中、避難者らによる朝の境内清掃が習慣化。7月に避難所が閉鎖となったあとも、誰に頼まれたわけでもなく、有志が朝に奉仕活動を行うようになった。多い時期には8人が参加していたが、高齢化もあり、現在は4人で継続している。
 端午の節句に向けたこいのぼり掲揚も、奉仕の一環。震災直後、支援物資の中にあった小型のこいのぼりを掲げ始めたところ、地域住民から使われなくなったこいのぼりが寄せられるようになって数を増やし、今ではこの時期恒例の風物詩として親しまれている。
 こいのぼりの下には、亡き家族らへの思いをはせて建てられた地蔵や、大切な人を失った人たちからの手紙を預かるための私書箱「漂流ポスト」などが置かれている。被災した地区住民らにとって、震災後支え合って日々の苦難を乗り越えたこの場所は、明日への活力を受け取る居場所にもなっている。
 古山住職(47)は奉仕に感謝し、「日々きれいにしていただいている境内は、こいのぼり掲揚や清掃活動を行う人たちの心が表れるかのよう。訪れる子どもたちが、こいのぼりの尾を触ろうとジャンプしている様子を見ると、うれしい気持ちになる。ゴールデンウイーク中は掲揚を続けるので、ぜひいろいろな人に足を運んでいただければ」と呼びかけていた。