忘れまいチリ地震津波 気仙襲来から66年 慰霊祭続ける加茂神社

▲ チリ地震津波襲来66年を迎えた24日に加茂神社で行われた慰霊祭

 気仙沿岸に被害をもたらした昭和35年のチリ地震津波から66年を迎えた24日、大船渡市大船渡町の加茂神社(荒谷貴志宮司)で犠牲者の慰霊祭が行われた。さらに被害規模が甚大となった平成23年の東日本大震災や歳月の経過を背景に当時の記憶や教訓が薄れつつある中、参列した神社関係者らは祭祀も通じ、チリ地震津波を後世へ語り継ぐ意識を高くした。(千葉雅弘)


 昭和35年5月24日、南米チリで発生した大地震による津波は、最大で6㍍の高さとなって日本の太平洋沿岸に到達し、三陸を中心に大きな被害を与えた。
 1万8000㌔も離れた地から三陸沿岸を襲った津波は、満ちては引いてを繰り返して夕方まで8回も押し寄せ、各地に大きなダメージをもたらした。国内の死者・行方不明者142人のうち、大船渡市が53人と犠牲者が最も多く、陸前高田市では8人の命が失われた。
 加茂神社は、大船渡湾を一望する海抜40㍍ほどの高台に鎮座する。
 チリ地震津波の翌年、課題が浮き彫りとなった住民への津波襲来周知のため、市が全国からの義援金を原資として高さ約24㍍の津波警報塔を立てた。チリ地震津波と東日本大震災津波発生日にサイレンを吹鳴し、防災意識高揚を促すという役割の一つは令和5年で終えたが、いまも防災行政無線または土地勘のない人が避難する際の目印としての機能を果たしている。
 同神社では、毎年5月24日にチリ地震津波犠牲者の慰霊祭を行っている。今年は総代会(及川千春会長)や地元市議の合わせて10人が参列。玉串をささげるなどして亡き人に哀悼の意を表すとともに、チリ地震津波を物語る場として、慰霊祭の継続も通じた発信への意識を高め合った。
 荒谷宮司は祭詞で「この大津波を後の世幾千代までも伝え語りゆかん」と誓い、昭和57年に境内に建立された碑に刻まれた、医師の故・佐藤政勝さん(当時77)がチリ地震津波を詠んだ「生きてまた津浪の土に種子おろす」の句で締めた。
 同神社は、市が津波時の第一避難場所に位置付けており、先月20日に三陸沖を震源とする大地震に伴い津波警報が発令された際には、地域住民や下校中の高校生、船舶関係者らが100段余りの石段を駆け上がって身を寄せた。
 慰霊祭のあと、荒谷宮司はこうした経緯にも触れながら「津波の際は第一に避難。朝となく昼となく夜となく、逃げることが肝心要だ」と、高台の社が見守り続けてきた地域の出来事に基づく防災の心構えを説いた。