気仙丸 未来へ―①― 大規模修繕と今後の展望 予期せぬ国際情勢の余波

▲ 甲板部分で行われた塩ビ管の設置作業(23日)

 大船渡市の千石船気仙丸利活用推進協議会(会長・米谷春夫大船渡商工会議所会頭)は、大船渡町のおおふなぽーと付近に陸上展示している木造千石船の復元船・気仙丸の大規模修繕を本格化させた。陸上展示から5年目に入り〝中心市街地の顔〟として定着した一方、風雨や紫外線にさらされ続け、船体の傷みが進む。現状と、今後乗り越えていかなければいけない課題は何か。船上での作業を追いながら、未来に残すべき気仙丸の姿を探る。(随時掲載、佐藤 壮)

 

 気仙丸の船内で23日、船室の屋根に当たる甲板部分への防水シート装着に向け、塩化ビニール樹脂製パイプ(塩ビ管)の取り付けが行われた。防水シートと木造船体との距離を確保する「セパレーター」の役割を果たし、密着を防ぐことで腐食の進行を抑える。
 甲板にいたのは、㈱大船渡の菊地工務店=立根町=の菊地尊代表取締役と、佐々木シート=同=の佐々木嘉幸代表。直径7・5㌢、長さ2㍍の塩ビ管を、6カ所に取り付けた。作業は1時間足らずで終了したが、2人は「大変だった」と声をそろえた。
 先月上旬の段階で、防水シートをロープで固定するための金具の設置を終えていた。当初、塩ビ管の設置は、梅雨入り前に完了する見込みだった。
 作業が遅れたのは、塩ビ管が入手できなかったためだ。原油から精製されたナフサ由来のエチレンが原料で、建設現場の給水管などとしても用いられる。中東情勢の緊迫化に伴い、全国的に品薄となり、市内でも「1本も買えない」という声すら聞こえるようになっていた。
 菊地代表取締役は「『まさかこんなところに影響が』という感じだ。5月の連休明けには来てほしかった。作業が決まってからすぐ発注したのに、入ってきたのは先週だった」と明かす。材料が届いたあとも、降雨で作業できない日があり、この日も、雨がやんだ時間帯を見計らって、塩ビ管を取り付けた。
 シートも、ナフサ由来の原料で製造された素材だ。材料そのものの「原反」の状態から、ロープを取り付けるための加工を佐々木シートが担う。届くまでに時間がかかり、加工が遅れた。それでも、7月初旬には終えることにしている。
 佐々木代表は「中東情勢の影響で、接着剤もない。本来あるものがない。材料が来ても、他の仕事もたまっているから、すぐに作業に入ることができず、遅れが出る。気仙丸用のシートはなんとか届いたので、急ぎたい」と語る。



 気仙丸では、特に甲板部分からの雨水の浸入が深刻な問題になっている。傷みに対しての修繕や保護が間に合わなければ朽ちてしまい、船上に立ち入っての見学が不可能になる状況も予想される。
 甲板部分では、塗装が落ちて白くなった部分が散見される。黒ずみや腐食も所々で見られるようになった。
 菊地代表取締役はこれまでも、船上見学で出入りするための階段設置に関わった。現状の気仙丸を「このまま待っていれば、朽ちるだけだと思う」と話す。佐々木代表も「傷みの進行が早いと感じる」と語る。
 気仙丸は平成3年に完成し、翌年の「三陸・海の博覧会」協賛出品後、長年大船渡湾内で係留されていた。その状態でも、木造船が弱いとされる雨水などの浸入を防ぐシートなどを施していた。佐々木代表によると、建造に携わった気仙船匠会(昨年解散)のメンバーは、雨水がたまることで腐食進行が懸念される時期に、塩分濃度が高く腐敗菌が繁殖しにくい海水を船体にかける作業を行っていた時期もあったという。



 海から離れた陸上での木造船の維持は、やはり難しい。それでも、残す意義がある。海や船を生かした産業が営まれてきた大船渡の誇り、その船を建造する匠の技術や用材を供給する森林資源──と、挙げればきりがないが、それらを分かりやすく伝え、実際の来訪や観光につなげる戦略も求められている。
 今の展示方法のままでいいのかも、見つめ直す必要がある。気仙丸は、地域の歴史や誇り、震災を乗り越えた歩みを伝える、いわば「物言わぬ語り部」だ。未来に残していくために、今を生きるわれわれが何をすべきか。船体に目を凝らし、広い視野で考えていかなければいけない。