アワビ稚貝出荷本格化 大規模林野火災 停電で被災の養殖施設 再開から1年 二重被災乗り越え

▲ 稚貝の成育状況を確認する古川社長

 昨年2月の大船渡市大規模林野火災で被害を受けた三陸町綾里の元正榮北日本水産㈱(古川季宏社長)では、陸上養殖で育てるアワビの稚貝出荷が本格化している。避難指示解除まで10日以上に及んだ停電の影響で、施設内のほとんどのアワビが斃死したが、昨年7月から種苗を採り、地道に育ててきた。15年前の東日本大震災でも甚大な被害を受け、二重被災の苦難から、ようやく収入を得られる状況を迎えた。火災前の生産規模に戻るにはさらに1年程度要する見込みだが、同社はこれまでの技術や経験を生かした新たな事業展開も織り交ぜての復興に意欲を示す。(佐藤 壮)

 

 晴れ間が広がった梅雨の中休みの7日、茶色い被災林が交じる山肌を背に、古川社長(57)が水槽から薄い板を取り出した。びっしりと張り付いていたのは、鮮やかな緑色をした大きさ数㌢のアワビ。「まずは安心。やっとここまで来た」と語り、表情を緩ませた。
 綾里の石浜地域に構える同社の陸上養殖施設は、国内最大級の生産量を誇る。火災発生時の昨年2月26日、避難指示で従業員が施設を離れたあと、地下海水をくみ入れるポンプや水槽内に酸素を送る装置が停電で動かなくなった。約200万個に上るほとんどのアワビが斃死し、被害額は5億円に上り、収入源を失った。
 取引先の理解を得て出荷済みのアワビを採卵用として戻し、昨年7月から種苗を育て始めた。2㌢程度にまで育ち、今年5月末から6月にかけ、約25万個の稚貝を県外の養殖施設に出荷した。
 今月も約10万個を出荷したあと、水温が上がる8~9月は避け、10月下旬から再開する。黒潮大蛇行の影響が大きかった火災前に比べ、今年は海水温が安定していることで、成育環境は良好という。
 施設内で育てているアワビの種苗数は、火災前の規模に戻った。しかし、昨年7月から育てているうち、より大きなサイズで食用として出荷するのは再来年からとなる。今後1年くらいは、火災前の6割程度の出荷となる見込み。依然として、従業員は火災前の規模には戻せず、資金繰りも厳しい状況が続く。
 綾里では多くの住宅が全焼したほか、漁協や漁業者個人が持つ施設、養殖機器にも火の手が及んだ。義援金や見舞金、国の制度による支援策が講じられているが、同社の斃死した分のアワビをはじめ、ハード施設ではない部分への民間の支援制度は十分とはいえない。
 影響は、同社の売り上げだけにとどまらない。食用アワビは近年、市ふるさと納税の返礼品として数千万円規模の実績があったが、昨年から出せない状況が続いている。同社では、停電のさなかでも生き残ったアワビを育て、年内には返礼品として出す計画だが、それでも火災前の規模には及ばない。
 古川翔太専務取締役(30)は「ソフト面や在庫商品をはじめ、民間保険でも対応されない部分もあるほか、法人格では支援を受けるには難しい部分もあると感じた。当社への直接的な寄付やクラウドファンディングで支援を集めることもできるが、今後、同じような災害が起きた時に、困る人を増やさない対策が必要ではないか」と、教訓を投げかける。
 同社は15年前の東日本大震災でも、甚大な被害を受けた。出荷再開まで長期間を要した中、その間に取引先との関係が切れてしまった苦い経験がある。林野火災以降、古川専務らは貝殻を生かした商品作りやワークショップ、視察の受け入れなどを通じて、取引先や地域社会とのつながりづくりにも力を入れてきた。
 古川専務は「商品としている『三陸翡翠あわび』の定着に加え、職業として関心を持ってくれる若い層にも出会うことができた。震災や林野火災を乗り越えて生産するストーリーをしっかりと伝える大切さも感じている」と話す。
 アワビをはじめ水産資源保護が全国的な課題となっている中、林野火災以降、これまで安定的に育ててきた同社の養殖技術が再注目されている。成長具合を見極め、大きな個体を親貝として採卵することで出荷サイズに育てるまでの期間を短縮させてきた。このノウハウを生かし、気仙の水産事業者向けに養殖カキの試験的な稚貝生産も進めている。
 また、地中を浸透してきたプランクトンが豊富な地下海水は、塩分濃度が海水とほぼ変わらず、自然環境の中でろ過される。養殖施設ではポンプで地下海水を引き、成分を調整せずに生かしており、津波、林野火災と二度の大災害でも変わらない綾里の恵まれた環境への評価が高まっている。
 これまでの生産技術や復旧の経験を、他県での施設運営に生かす相談も寄せられている。古川社長は「まずは被災前の体制に戻し、さらに新たな事業も取り入れることで復興を成し遂げたい」と力を込める。