陸前高田との縁 将来の刺激に 米ロサンゼルス出身の中山さん 8月から米名門大学に進学
令和8年7月22日付 7面
米国カリフォルニア州ロサンゼルス市出身の中山環さん(18)は、今月10~14日の5日間、陸前高田市に滞在した。父親が同市とつながりがあったことから、令和5年に初めて訪れて以来、住民の温かさや地域コミュニティーの結束力、東日本大震災後のまちづくりに魅力を感じ、何度も足を運ぶようになった。同市での経験は、自身の進路選択における大きな刺激となり、8月末からは名門のカリフォルニア大学バークレー校で環境デザインなどを学ぶ。「陸前高田に来て、自分が大切にしたいものが見つかった。忙しくなっても、またここに来たい」と再訪を誓う。(菅野弘大)
中山さんはロサンゼルスで生まれ育ち、陸前高田市に父の知人がいる縁で、令和5年12月に初めて同市を訪れた。「初めて会ったのに、長い付き合いがあるかのように仲良くしてくれた」。地元住民の温かさに感動し、自身の明るく朗らかな性格も相まって、すぐに打ち解けた。
それからは、高校の夏休みで日本に来るたび、同市に足を運んだ。6年7月は、地域コーディネーターを務める古谷恵一さん(38)のもとで1週間のインターンに臨み、東日本大震災津波伝承館のツアーや市内飲食店のメニューほかの英訳作業、市民への英語指導などに取り組んだ。
同年12月に訪れた際は、市民の温かな人柄や震災からの復興の様子を伝えるドキュメンタリー映像を撮影。市民15人に復興や未来に向ける思いなどを語ってもらい、20分の映像にまとめて、自身が通うベニス高校内の日本語クラブ、赤十字クラブの部員たちに見せた。
5回目の訪問となった今回も「親戚に会いに来る感覚で、遊びに来た」と笑顔で語る。付き合いのある知人を訪ね歩き、大学進学も報告した。米国の大学入試においては、自身にまつわるエッセーの提出が必須で、中山さんは陸前高田での活動や市民との交流、そこでの経験が自身の進路に与えた影響などを文章にまとめ、見事合格を果たした。
陸前高田との出合いは、中山さんの人生に大きな影響を与えた。奇跡の一本松やかさ上げ地に造られた中心市街地、防潮堤など、震災後に生まれた新たな街並みを見て「一つ一つに未来に向けた意味が込められている」と語り、「陸前高田に来るまでは、自分が将来、何をしたいかが分からず、特に好きな科目もなく、興味があると胸を張って言えるものがなかった。陸前高田の人々が震災を乗り越え、まちの復興を進めてきた話を聞いて、地域の人とのつながりを大切にできるような場所をつくりたいと、環境デザインの分野に興味が芽生えた」と振り返る。
8月から通うカリフォルニア大学バークレー校では、環境デザインの中でも芸術や環境、建築、工学、社会学など、さまざまな要素を取り入れた屋内外の空間をデザインする学問「ランドスケープアーキテクチャー」を学ぶ。将来的には、環境デザインに関わる職業に就くことを考えているというが、「具体的なことは決まっていない。大学生活の中で見つけられれば」と見据え、「父が陸前高田に連れてきてくれたから、関わることのできた人たちがたくさんいて、自分が大切にしたいものも見つけられた。大学では、もっといろんな人と話がしたい。新しい価値観や視点を大事に、多くの人、地域と関わりたい」と、新たなステージでの成長を誓う。






