「みんなの花壇」いつまでも 故・佐藤さんしのび花植え 高田松原のコミュニティガーデンで(別写真あり)
令和8年7月24日付 7面
今月1日に急逝した「陸前高田花の会」(以下、花の会)代表の佐藤新三郎さん(享年74)=陸前高田市高田町=をしのんで20日、同町の高田松原津波復興祈念公園管理事務所にあるコミュニティガーデン「みんなの花壇」に花の苗が植えられた。東日本大震災発生後、花を愛する気持ち、花の持つ力を信じる心で結び付いた人たちが集まって作業を行い、佐藤さんの目指していた〝人と人とのつながりが生まれる庭〟をこれからも守っていくと誓い合った。(鈴木英里)

故・佐藤新三郎さん
この日の作業にはおよそ20人が参加。震災発生後、気仙両市など被災地での花植え活動を支援してきた盛岡市のNPO法人Green Fields代表の吉川三枝子さん(61)と、東京都のNPO法人GreenWorks代表の牧野ふみよさん(62)、同法人コミュニティガーデンアンバサダーの東方陽子さん(55)らも駆け付けた。
参加者は数色のニチニチソウと、ブルーサルビア、チェリーセージの3種類を植え付け。「海の日」にあたる同日は好天にも恵まれ、多数訪れた海水浴客らもビーチへ向かう途中で夏の花壇に目をやった。
「みんなの花壇」は約2年前、両法人をはじめ、地元の園芸店、同公園の指定管理者を務める高田松原津波復興祈念公園マネジメント共同体(当時)などが協力し設けられたコミュニティガーデン。佐藤さんはこの、誰でも気軽に集える花壇を造るために尽力した一人だった。
大震災で長女・安里奈さん(当時19)ら家族3人を失った佐藤さんをはじめ、「花が人を癒やす・花は人同士をつなぐ」と痛感してきた市民らの「いつでも気軽に立ち寄れる〝みんなの花壇〟が必要」という思いを受けて実現した開設。手入れに訪れる人の中には、震災発生前、高田町の国道45号沿いで花壇の管理をしていた「フラワーロード陸前高田」のメンバーだった人や、震災で解散した同町森の前地区で花畑を整備していた人も多く、佐藤さんはこの両方に参加していた。
森の前の元住民・村上和美さん(83)=同町=は震災当時を振り返って、「友達を含め、亡くなった人たちのことを思いながら花を育てていた。花は追悼であり、なぐさめでもあった」と懐かしみ、同じく森の前でご近所だった佐藤さんのことを「庭の花の苗を分けてもらったりと、良いお付き合いだった」としのんだ。
同日は、ほかの参加者らも作業終了後、井戸端会議ならぬ〝花端会議〟を開き、それぞれに佐藤さんとの思い出話に花を咲かせた。
牧野さんは「お花を好きな人が多い陸前高田にあって、花壇づくりをする時にはいつもいてくださった方がいなくなって寂しい。活動の面倒な部分を引き受け、いろんな人が来やすいようにしてくれていた」と、その不在を惜しんだ。
吉川さんは、「花の会は会則も会員名簿もないゆるいつながりで、『花のある景色っていいよね』という思いを持つ人たちの手で少しずつ広がってきた活動。花壇にとっては〝人の足音が最良の肥料〟という。誰でも出入りできるよう、また誰かの負担にならないようにしていけたら」と語り、本年度から毎月10日、20日の定期開催となった整備活動は今後も同管理事務所の協力で続けていくとした。
作業は両日とも午前10時から。事前予約などは不要で、毎回の参加義務もない。11月3日(火・祝)には、フラワーロードでスイセンの球根の植え付けを行う計画という。
同管理事務所の鳥井光所長(53)は「『みんなの花壇』ができたおかげで、園内を散歩する人たちが足を止めて花を見るという風景が生まれている。佐藤さんの思いをくみ、花を育てる活動をつないでいきたい」とし、市民らの参加を歓迎する。






