親しまれた鮮魚店13日閉店 夢商店街内の渋谷商店 店主、健康上の理由で決断
令和8年8月11日付 7面
大船渡市大船渡町のおおふなと夢商店街内に構える鮮魚店「㈲渋谷商店」(渋谷正博店主)は13日(木)の営業を最後に閉店する。水産仲卸業を続けた店主の渋谷さん(77)が、東日本大震災後誕生した同商店街の本設施設オープンに合わせ、小売業に挑戦する形で出店。自ら目利きした鮮魚を扱い、「新鮮で、安い」をモットーとする店は地域内外から親しまれたが、健康上の理由で苦渋の決断を下した。東日本大震災発生から11日で15年5カ月。被災から再起した店舗などでは高齢化や後継者不在を背景に廃業の動きも見られ、まちの活気維持に向けて官民による事業承継支援も求められる。(高橋 信)
「へい、らっしゃい」
青色の看板が目を引く店に、渋谷さんの元気な声が響いた。常連客や観光客らが今月上旬、新鮮な魚を目当てに渋谷商店を訪れ、渋谷さんは妻・利恵子さん(75)と対応に追われた。
大船渡町の小室ミツ子さん(80)は「ご主人も奥さんもとてもいい人。ウニが大好きで、毎年注文していた。店がなくなると聞き、残念」と名残を惜しむ。
「たくさん買ってくれたからまけておくよ」。常連客を笑顔で見送る渋谷さん。「基本的に朝と夕方が忙しいが、きょうは昼も忙しかった。お客さんに支えられていることを実感する」と、しみじみと語った。
渋谷さんは20代半ばから水産仲卸業の会社で働き、30歳で独立した。「いいものを、安く」。一朝一夕では身につけられない目利きの奥深さにひかれ、持ち前の負けん気も相まって休みを返上して働いた。日本最大級の漁業基地である銚子港(千葉県)にも頻繁に通い、メインで扱ったマグロやカツオを市内や県内内陸部の得意先に卸した。
15年5カ月前、大船渡町の市魚市場近くに構えた事務所内でただならぬ揺れに遭い、高台からまちを襲う津波を目にした。「もうだめだな」。自宅を兼ねた事務所、陸送用のトラック4台などがすべて流され、廃業が頭をよぎった。
家族とともに長男が住む関東圏に一時避難したが、仕事を諦めきれず、渋谷さんは単身で大船渡に戻った。「お世話になっていた地元の事業者に車を手配してもらうなど、感謝してもしきれない支援があった。仕事で恩返しできればと思った」と振り返る。
おおふなと夢商店街が仮設商店街から平成29年に本設へ移行する際、関係者から出店の打診を受け、鮮魚店への挑戦を決意。「人と接するのはすごく楽しかった。お客さんから元気をもらっていた」と店に立ち続けたが、体力の衰えにはあらがえなかった。
腰痛持ちで、薬を飲みながら耐えてきたものの、昨年、腰部脊柱管狭窄症を発症。脚のしびれに苦しみ、仕入れにもたびたび支障をきたした。店とJR大船渡線BRT専用道を挟んで向かいにある住まいの市営住宅から歩いて店に通うのも困難となり、廃業を決めた。
「たくさんの方々に支えていただき、残念であり、寂しい。でも正直、体は限界だ」と渋谷さん。閉店後は空きテナントとなり、「もし鮮魚店が入れば、体さえ動けばお手伝いしたい。震災から立ち上がった商店街なので、業種を問わずお店がオープンしてくれればうれしい」と願いを込める。





