音楽契機のつながり今後も シンガーソングライター・まっとさん 能登半島地震被災地を訪問 ライブで寄せられた募金届ける

▲ 石川県能登町不動寺地区を訪れ募金を届けたまっとさん(前列右から3人目)

 陸前高田市のシンガーソングライター・まっとさん(39)はこのほど、令和6年1月の能登半島地震で被災した石川県能登町を訪れ、ライブ活動で協力を求めて集めた20万円余りを届けた。東日本大震災後、自身の音楽活動がきっかけで生まれた能登の住民らとの交流を継続し、地震で被災して以降、思うように復興が進まない状況を嘆く現地住民の声を募金活動につなげた。まっとさんは、被災地支援とともに、記憶の風化を防ぐ情報発信にも意欲を見せている。(菅野弘大)


 気仙内外でライブ活動などを展開するまっとさん。震災後に受けた多大な支援から、争いのない世界平和の実現を願って作詞・作曲した『世界中が歌えば』は、楽譜の著作権を放棄し、一つのプロジェクトとして国内外の誰でも歌えるようにしている。
 能登町とのつながりは平成28年、自身の音楽活動を知った現地の高校生からの一通のメッセージから始まった。
 メッセージは、コンサートで寄せられた募金を送りたいとの内容だった。「震災で被害を受けた陸前高田を、まっとさんのプロジェクトを応援したい」と突然届いた連絡に、最初は半信半疑だったが、しばらくしてから再び「コンサートで集めた寄付を送る」と2回目の連絡が来た。
 まっとさんは、支援に感謝の念を抱きつつ「自分の手で直接受け取りたい」と、翌29年に同町を訪れ、連絡をくれた関係者らと交流した。同30年には、能登町の関係者らが陸前高田市を訪れ、市内の仮設住宅でコンサートを開催。まっとさんも、年1回は石川県で必ずライブをする誓いを立て、音楽を通じたつながりを継続してきた。
 能登半島地震で被災後、まっとさんが初めて能登を訪れたのは昨年10月。発生から1年半以上が経過しても、「まるで3カ月前に地震が起きたのかと思うくらい、復興が進んでいなかった」と衝撃を受けた。
 立ち寄った輪島市のカフェで出会った女性は「私たちは政府に見放されている気がする。もう慣れすぎて分からなくなってしまった」と苦笑いしながら話した。まっとさんは「震災復興を経験している身として、能登の復興はまだまだだと思うし、復興が遅い〝異常〟が日常になってしまっている。何かせずにはいられなかった」と募金活動を行うことを決めた。
 募金は、昨年11月から今年8月までの約10カ月間、参加した地元内外のライブで協力を呼びかけ、20万9420円が集まった。先月下旬に能登町不動寺地区を訪問し、かねて交流のある住民らに手渡しで届けた。このお金は〝恩送り〟として「能登も頑張っているぞ」という思いを込めて、令和8年熊本地震被災地の支援に使われるという。
 「能登半島全域の被災状況を見て回ったが、まだまだ復旧しておらず、民間企業やボランティア任せではいけないと改めて思った。現地の方々も口々に『能登の復旧が終わったと思ってもらっては困る』と話していた。記憶を風化させないためにも、引き続き、自分なりのやり方で能登の現状を伝えていきたい」と力を込めるまっとさん。5日間の滞在期間中、被災地の復興状況の見学だけでなく、地元住民と歌やアクティビティで交流したほか、同地区の伝統行事・キリコ祭りにも参加し「人と人との出会い、つながりは奇跡だ」と、被災地・能登への思いを強くしている。