震災後初式年大祭 越喜来一丸で復活へ 10月11日に16年ぶり催行 浦浜地域の新山神社 手踊り、太鼓 練習に熱

▲ 幅広い世代が出演する手踊りの練習

 東日本大震災後、開催が見送られてきた大船渡市三陸町越喜来の新山神社(宮﨑和貴宮司)の式年大祭は10月11日(日)、16年ぶりに復活する。越喜来地区は津波で甚大な被害を受け、宮司が一時不在だった状況も重なり、実施を見合わせてきた。本来、浦浜地域の5祭組が臨む大祭だが、少子高齢化、人口減を踏まえ、崎浜、甫嶺、上甫嶺各地域にも参加を呼びかけた。記念すべき復活の1回目が、初の試みである越喜来地区全体の行事になり、目玉の神輿海上渡御や余興奉納を行うほか、新たに韓国から伝統芸能団体を招待して盛り上げる。きょう11日で震災発生から15年6カ月。主催関係者は「震災から力強く立ち上がり、越喜来の結束力を高める節目としたい」と前を向く。(高橋 信)

 

きょう震災15年半

 

練習で息の合ったバチさばきを披露する太鼓山車のメンバー

 「目が回るほど忙しい」
 8日午後の三陸公民館。主催する大祭実行委員会委員長で越喜来活性化協議会の鈴木健悦会長と、前野浩哉事務局長らが、案内文書の作成準備などに追われた。
 前野事務局長は「15年以上、空白期間があり、われわれも雲をつかむような感覚で準備している。公民館の通常の事務仕事よりも3倍ぐらいは忙しい」と話す。
 鈴木会長も同調しながら「ただ、お祭りは地域が一つにまとまる絶好の機会。大変なことは間違いないが、地域の人たちの力を借りながら進めたい」と力を込める。
 8月からは、手踊りや太鼓演奏などの練習も始動。震災前は東、仲、西、南、泊の浦浜5地域がそれぞれ祭組を発足させ、手踊りや権現舞を披露し、競い合ってきたが、今回は手踊りを一つに集約する。大型トラックの荷台に太鼓を積み、手踊りを演奏でもり立てる太鼓山車も1台に減らす。
 さらに崎浜、甫嶺、上甫嶺各地域の力も借りても従前の参加規模には及ばず、大半が未経験者のためゼロからの習得となる。ただ指導者や出演者は「地域の垣根を越えて交流できる」と前向きに捉え、熱心に練習を重ねる。
 南区公民館を拠点に週5回練習している太鼓山車グループの大石幸汰さん(20)は、初めて大祭に参加する。「練習は地域の人と深く関わることができ、自分にとってありがたい。当日も楽しみたい」と本番を待ち望む。
 手踊りは未就学児から一般まで女性を中心に60~70人が出演する予定。8日夜、三陸公民館での練習に臨んだ及川愛莉さん(越喜来小6年)は「学校だけでなく、夜も友達と会えるから練習は楽しい」とはしゃぎ、震災前から指導する佐藤紘子さん(84)と清水キヨ子さん(76)は「みんな一生懸命。子どもたちも少しずつ覚えてきた」と目を細めた。
 4年に1度催行されている大祭。前回の平成22年は大雨の中で繰り広げられ、参加者は「ずぶぬれになって余興を奉納し、逆に忘れられない祭りになった」と振り返る。
 漁業集落の越喜来地区。多数の民家や商店に加えて3階建ての越喜来小校舎が津波にのまれるなど大きな被害を受け、その後、神社の宮司が亡くなり、大祭の見合わせが続いた。令和3年、末崎町・熊野神社の宮﨑宮司が兼任する形で就任。そうした状況を踏まえ、越喜来活性化協議会が音頭を取り、16年ぶりの開催が決まった。
 10月11日は16隻の船団が越喜来湾を巡り、余興奉納には権現舞・獅子舞3組、金津流浦浜獅子躍、手踊り・太鼓山車が出演。過去に関係団体が三陸港まつりに出演した縁から、韓国の「高敞(コチャン)農楽保存会」も招く。
 鈴木会長は「震災から時間が経過し、過疎化が進むが、だからこそお祭りの力が必要。越喜来地区一丸となって頑張ろうという記念のお祭りにできればいい」と見据える。