千田家「近代和風」に光 綾里砂子浜の旧家 東北工大・中村教授が調査 屋敷構えにも視野を広げながら(別写真あり)
令和8年9月24日付 7面
「砂子浜大家」として知られる、大船渡市三陸町綾里字砂子浜の旧家・千田家。主屋や蔵に加え、屋敷構えの基礎資料作成や文化的価値の整理につなげようと、東北工業大学建築学部(宮城県仙台市)の中村琢巳教授(48)による調査が23日に始まった。昭和期に改築した主屋には、明治期以降の近代和風が感じられる技術が随所にちりばめられ、千田家ならではの独自性が光る。蔵に残された古文書研究成果との融合など、今後の取り組みが注目される。(佐藤 壮)
中村教授は、研究室に所属する学生2人とともに千田家を訪問。主屋、蔵、敷地全体と作業を分担し、図面づくりにあたった。調査活動は、24日も行う。
これまで中村教授は、陸前高田市気仙町にある旧吉田家住宅主屋の復旧指導にあたったほか、小友町の気仙大工左官伝承館が所蔵する大工道具の調査も行うなど、気仙の建築物に造詣が深い。千田家には、持仏堂(お御堂)の実測調査として6月にも訪れている。
現在ある主屋は、昭和初期に改築が行われた。調査の中で中村教授は、学生らに座敷の柱と柱をつなぐように組まれた化粧部材の長押の特徴を解説。「木目がきれいに続くように『面付け』を行っているほか、丸太も磨くことで光沢感を出している。一材一材が工芸品のように扱われている。近代和風のインテリアがある」と評した。
幕末期以降に修繕を重ねたとされる持仏堂も含め、近代和風の建築意匠を取り入れることで、三陸沿岸の浜辺に立つ屋敷づくりの伝統の中に、千田家の独自性を形成している特徴も指摘。「すべてが上品で、洗練されている。気仙大工が手がけた伝統建築とも違った良さがある」と話す。
さらに、建物だけでなく、岩垣や沢水を生かした水回りも含めた敷地全体を屋敷構えとして調査し、価値を整理する重要性も強調。「例えば、沢水をどのように生かしてきたかなどを整理することで、土地利用の特徴も見えてくる。東日本大震災もあり、浜辺の昔ながらの屋敷が少なくっている。敷地全体の把握も重要」と語る。
千田家は戦国時代におこり、砂子浜に集落を開いたと伝わる。江戸時代には、漁業・林業などを営み、生産物を江戸をはじめとした遠隔地へ移出する回船商人として栄え、当主は仙台藩治下の綾里村の肝入にも就いた。土蔵などで代々引き継がれてきた約3万6000点の古文書は、研究者の注目を集め、質、量ともに全国的にも貴重な史料群としての価値を誇り、昨年、岩手県立博物館に寄贈された。
令和5年に14代当主・千田基久兵衛さんが94歳で亡くなったあとも、親族らが管理を続け、大学の研究者ほかの調査を受け入れてきた。中村教授による調査成果は、東日本大震災や大規模林野火災も乗り越えて残り続ける砂子浜大家の利活用につながる基礎資料として生かされそうだ。
古文書は、有識者が研究会を立ち上げ解読作業が進められている。中村教授は「古文書の研究グループとも調査成果を共有し、古文書と建築それぞれの研究の融合も図っていきたい。古文書の新たな価値の発見にもつながるのではないか」と見据える。






