営業休止 感謝と寂しさ 碁石海岸レストハウス 最終日に多くの来訪客(別写真あり)

▲ 団体客らでにぎわいを見せた営業最終日のレストハウス

 昭和期から地元内外の観光客らに親しまれてきた大船渡市末崎町の碁石海岸レストハウスは、9月30日の営業を最後に休業に入った。最終日は50人規模の団体客を受け入れたほか、東日本大震災以降に物産品の仕入れなどでつながりがある県外在住者らが訪れ、にぎわいを見せた。長年にわたり観光振興を支えた施設関係者に感謝が寄せられる一方、団体客の受け入れ拠点の閉鎖を惜しむ声も多い。市や市観光物産協会では、引き続き利活用策を探る。(佐藤 壮)


 碁石海岸レストハウスは、鉄筋コンクリートと鉄骨造2階建て。1階は物産品販売スペース、2階には食堂があるほか、休憩スペースや食事の提供、市内特産品の販売の機能を併せ持つ。
 昭和54年に市が財団法人岩手県観光開発公社から有償で譲り受けた。民間法人への貸し付けを経て、平成17年から一般社団法人大船渡市観光物産協会に無償で貸している。以降、営業は、協会員の㈱小川(小川廣文社長)が担ってきた。
 休業前最後の営業となったこの日は、すっきりとした青空が広がり、開店直後から続々と客が訪れた。顔なじみの施設関係者に「お疲れさま」「寂しくなるね」などと声をかける姿も目立った。
 埼玉県の和光市社会福祉協議会職員・小川澄子さん(47)は休業を知り、最終日に合わせて来訪。東日本大震災のボランティア活動の一環で大船渡市内を訪れた際、小川社長(72)から案内を受けたのを機につながりが生まれ、和光で開催されるイベント向けにレストハウスから大船渡の物産品を仕入れるなど、交流を重ねてきた。
 この日は1階での物産品購入だけでなく、2階の食堂で名物メニューの「さんまらーめん」も味わった。平成22年から提供し、みりん干し1枚をのせたラーメンで、個人や団体問わず幅広い観光客から人気を集めてきた。
 小川さんは「施設の皆さんの心の温かさが素晴らしく、手紙でのやりとりも続いていた。きょうが最後の営業になるのは寂しい。ここで提供していた『さんまらーめん』が、どこかで復活することを願っているのは私だけでなく、多くの人の思いでは」と話した。
 食堂では、震災学習の一環で来訪した宮古市立河南中学校の2年生ら約50人が昼食をとった。出迎えたスタッフの一人は「大船渡はワカメ養殖発祥の地でもあり、メニューにはワカメの酢の物なども添えました。おなかいっぱい食べて、いい時間を過ごしてください」と述べ、声を詰まらせた。
 同校では〝サプライズ〟で花束を贈り、長年の営業をねぎらった。生徒を代表して小川社長に渡した伊藤圭佑さんは「社長には『きょうのご飯、すごくおいしかったです。今までありがとうございました』と伝えた。家族と一緒に一度来たことがあり、その時もおいしかった」と語った。
 レストハウスは近年、碁石海岸を訪れる観光客減少に加え、人件費や物価高騰の影響で厳しい営業が続いた。令和に入るとコロナ禍の影響を受け、入り込み客数は回復しないまま推移した。小川では、単体での営業継続は難しいと判断し、今年6月に市観光物産協会に対して営業終了の意向を通知。営業を継承する事業体の見込みはなく、今月から休業となる。
 施設は昭和期から営業し、遠足や家族旅行での来訪など、地元内外の人々に思い入れがある。震災では直接的な被害を免れ、発災直後は地元内外の人々の交流拠点の役割も果たした。
 小川社長は「『こっそり閉めたい』という思いはあったが、休業が広まって以降、多くのお客さんに来ていただき、いつもの3倍以上に上った。ずいぶんと懐かしいお客さんにも来てもらい、感謝でいっぱい」と振り返る。
 かつては1日に100人規模の団体客が何度も訪れたこともあったが、近年は個人旅行が主となるなど、旅行形態の変化も実感したという。小川社長は「レストハウス営業を担う一番の目的は、観光振興に寄与したいという思いだった。これまで、営業のみならず、サンマを生かしたラーメンや『碁石八景』の発信、椿の里・大船渡ガイドの会の取り組みなど、碁石を訪れるための仕掛けづくりに挑戦し、成果も実感している」とも話した。
 市観光物産協会では、団体旅行関連の事業者などと連絡をとり、今月以降は市内の別の施設で昼食をとるよう案内している。市は同協会とともに、今後の利活用策を探る。