日本屈指の点取り屋引退へ サッカーJ1・川崎Fの小林悠選手 復興支援で何度も足運ぶ 関係者から感謝と惜しむ声

▲ 陸前高田市でのサッカー教室で子どもたちとプレーする小林選手(左端)(平成27年11月)

 サッカーJ1・川崎フロンターレ(川崎F)のFW・小林悠選手(39)が、今季限りでの引退を発表した。Jリーグ屈指の点取り屋としてチームを牽引し、優れた得点感覚で、クラブ歴代最多となるJ1通算144得点を記録。東日本大震災後の復興支援の縁で友好協定を結ぶ陸前高田市に何度も足を運び、今年6月にはサッカー教室などで子どもたちや市の関係者らと交流した。プロ選手として活躍する姿だけでなく、その温かな人柄に魅了された市民も多く、これまでの復興支援、交流への感謝とともに、引退を惜しむ声が広がる。(菅野弘大)

 

今年6月の市民交流で小林選手との再会を喜ぶ松本さん㊨

 小林選手は、自身の誕生日である9月23日、神奈川県川崎市のクラブハウスで会見を開き、令和9年1月1日での現役引退を発表。「自分自身のことを自分が信じ切れなくなってしまった」などと、決断の理由を述べている。
 拓殖大学時代にJリーグの特別指定選手として、当時J2の水戸ホーリーホック(茨城県)に加入し、プロキャリアをスタート。大学卒業後の2010シーズンに川崎Fに入団した。
 たぐいまれなるゴールへの嗅覚と鋭い動きだしで得点を量産し、チームを4度のJ1優勝に導いた。初優勝となった2017シーズンは、自身初の得点王に輝き、J1最優秀選手とベストイレブンにも選ばれた。川崎Fでは公式戦通算533試合に出場し、184ゴールを記録。クラブ屈指の〝バンディエラ〟(一つのチームに長期間在籍し、象徴的な存在となる選手)としてファンに親しまれ、日本代表としても活躍した。
 平成27年9月に友好協定「高田フロンターレスマイルシップ」を締結した陸前高田市にも、震災直後から積極的に足を運び、サッカー教室などで子どもたちにプレーの楽しさを伝えるとともに、勇気や希望を届けた。今年6月にもチームの後輩たちと同市を訪れ、上長部グラウンドでの教室と市内訪問で市民らと再会した。
 小林選手の発表に、市内では引退を惜しむ声が聞かれる。今年のサッカー教室に参加した高田FCの金野敢太さん(米崎小6年)は「足元の技術や動きだし、たくさん点を取るところがすごい。まだまだプレーを見たかった。自分も小林選手のようなプレーヤーになりたい」と思いを強くする。3児の父である小林選手と〝親目線〟で会話を交わしたという保護者の一人は「壁がなく気さくに話してくださり、ますます応援したくなった」と話した。
 陸前高田フロンターレサポーターずの松本正弘さん(58)は、平成24年のサッカー教室を機に小林選手と交流が始まり、今では直接やり取りする仲になった。川崎FがJ1初優勝を飾った2017シーズンの優勝パレードにも足を運び、何万人ものファンが詰めかけた会場で唯一、小林選手だけが松本さんに気づいてくれたという。「みんなにフラットに接する人格者で、陸前高田にとっても、貴重な選手。ゴールに何度も勇気づけられた。引退は寂しいが、やっぱり引退する最後まで彼のゴールが見たい」と期待を寄せた。