年越しに静かな決意

 12月31日、映画館で『ペリリュー 楽園のゲルニカ』を見てきた。太平洋戦争末期の激戦地・パラオ諸島ペリリュー島における実話に基づいたアニメーション映画だ。
 3頭身にデフォルメされた登場人物はファニーでかわいい。だが作中に登場する武器や兵器、爆撃機、そして戦闘の描写…人がむざむざと死んでいくさまには、デフォルメも容赦も一切ない。
 私は、南方戦線はおろか戦闘がどんなものかさえ分かっていなかった。
 戦闘とは、つまり人が死ぬことだ。人生が一瞬で、あっさりと強制終了させられることなのだ。
 立派な大義をかざしても、本人の性格が良くても、どれほど勇気や功績があっても、そんなことは命を守る盾にはならない。地雷を踏めば、銃弾を1発か2発受ければそれで終わり。死ねたらまだもうけもので、手足や顔面を半分吹き飛ばされたまま生き残ると、薬も水も食料もなく、生きながら傷口にうじがわく地獄が待つばかりだ。
 人が人として扱われず、死んでもただの肉塊として、誰からも省みられない──そんな戦場の狂気を淡々と突きつけてくる。かわいいキャラとパラオの美しい自然、兵士同士の友情物語がかろうじて中和してくれなければ、到底正視に耐えなかったろう。そしてその正視に耐えない悲惨さが、戦争の現実なのだ。
 ペリリューの戦いに投入された日本兵は約1万900人。大半が20代前半の、まだ子どものような若者だった。「お国のため」「生きて虜囚の辱めを受けず」という精神論にその命は食い散らかされ、生きて帰れたのはたったの34人──。
 きっと大衆受けはしないだろうが、同作が日本アカデミー賞優秀作品賞を受賞したところに、まだこの国の良心があると信じたい。年越しにぴったりとは言えぬ重い題材だったが、鑑賞が「戦後80年」に滑り込みで間に合って良かった。新年にあたり、次の80年を〝新たな戦前〟にしないという決意ができた。(里)