あの曲は〝戦争の歌〟
令和8年1月15日付
昨秋に訪れた宮城県内の本屋で、棚に面出しされていた青い表紙の本が目にとまった。合田道人著『あの唄も、この曲も実は戦争の歌だった 童謡・愛唱歌の謎』。まえがきを読み、買って家に帰ると、遠出の疲れも忘れて読書に没頭した。
『ウミ』『かもめの水兵さん』『我は海の子』──計20曲がタイトルになった各章を読み終えるたびに、深いため息がもれた。「お国のため」に利用された曲や、終戦後に歌詞が変わった曲。罪のないそれぞれの曲にまつわるエピソードから、当時の作者や歌い手、国民が負った心の傷が垣間見えた。
ページをめくるスピードが著しく遅くなった章が、『青い眼の人形』だった。
昭和の初め、国際親善のためアメリカから日本全国の幼稚園や小学校に贈られた、青色の目をした人形。〝子どもたちの大切なお友だちになった〟人形であったが、戦争が始まると一転して敵国の象徴となり、軍から即刻処分の命令が下った。
「友情の人形」から「スパイ人形」と呼び名が変わり、踏みつけ、火あぶりにされた人形たち。〝そんな人形を見つめながら、「万歳! 万歳!」と大声で叫ぶのだ。なんと残酷な話だ。しかし日本人は、これが残酷であることすら感じなくなっていた〟──泣くに泣けず、大人たちと一緒に「万歳」を言うしかなかった当時の子どもたちを想像すると、涙が止まらなかった。
第2次世界大戦終結から80年が経過した昨年、多くのメディアで戦争の話が取り上げられ、心のどこかに「ちゃんと向き合わなければならない」と思っていた部分があったのだろう。社会人になってから聞いた戦時中の話や、趣味の音楽の話ともつながった。だから今回、著者の思いが本から伝わってきた。
理解や共感は、知識や経験の先に立たない。これからも知り続けよう。戦争を〝残酷であること〟と感じられる日本人であるために。(仁)






