大船渡と大槌を重ねて
令和8年5月9日付
大槌町で発生した大規模山林火災は、令和7年の大船渡市大規模林野火災に次いで、平成以降国内2番目となる規模の約1633㌶を焼いて、発生11日目に鎮圧が宣言された。大船渡での火災の記憶を重ね合わせながら連日の報道を見守り、改めて山林火災の脅威を思い知らされた。
大槌での火災を受けて、三陸町綾里で山林火災伝承施設を運営する阿部正幸さんのもとを訪れた。阿部さんは東日本大震災直後、大槌でボランティア活動に従事した元住民。山林火災の専門家と視察した現地の様子をはじめ、大槌の地域性や地形、綾里との状況比較も含めて、話を聞かせてもらった。
「避難指示地域でイヌの散歩をしている人がいた」「お店も営業していた」。避難指示は出ているものの、厳戒な交通規制はされておらず、避難所に行かずに自宅にとどまる人や、自力消火、防火に当たる住民もいたといい、「衝撃を受けた」と阿部さんは語る。
「自助、共助の意識が強い土地柄」とする阿部さんの説明に納得する半面、「それで大丈夫なのか」という不安感は拭えなかった。火や煙に近い距離での報道を見て、同じ気持ちになった大船渡の人も多かったのではないか。「綾里のような強風で飛び火が起きていたら、もっと大きな被害になっていた。大船渡の教訓がどこまで生きていたのか、しっかり検証してほしい」。阿部さんの言葉に強くうなずいた。
有事の行動に、正解はないのかもしれない。ただ、経験は次に生かし、つなげるべきであると思う。「前はああだったから、今回もこうだろう」という〝慢心〟が一番怖いことは、東日本大震災で痛いほど思い知らされたはずだ。
「大船渡の火災の教訓を役立ててほしい」という願いは、私も阿部さんと同じ気持ちだ。伝承施設開業によって、山林火災の教訓が広く浸透し、人々の防火意識が高まってほしいと思う。(菅)






