近いようで遠い距離感

 先日、長女が通う高校で卒業式があった。PTA役員として案内を受けたが、親として参加したかった。わがままを伝え、保護者席に座った。
 取材であれば、会場内を動き、生徒たちの顔を見ることができる。来賓席でも、表情をうかがえたかもしれない。
 保護者席は、ステージ前に並ぶ卒業生の席から在校生を挟んだ後部側に位置していた。入退場の一瞬だけ、顔を見ることができた。
 同じ会場にいて、近いようで、遠い距離感。どこか、3年間の親子の関係を表していたような気がして、マスクの下で笑いがこみ上げてきた。
 本年度唯一、PTA役員らしいことをしたのが、進路に関する研修会だった(壇上であいさつをしただけだが)。講師の説明が終わり、進行の男性教職員が、自らの子に対する声がけの難しさを明かしながら、受験期にどう接するべきか講師に質問していた。
 進路達成に向け、もう少しアクセルを踏んでほしいと思う時期もあった。もし、目指す成績ではなかったらどうするのか、今は成績が伸びているのかどうなのか…聞きたいことは多々あったが、うるさそうな反応をするに決まっている。普段通りが、やはり、いちばん難しい。
 3年間のうち、かなりの割合で、学校の近くまでマイカーで送った。自宅からは15分程度で、その間の会話は、ひと言あるかないか。運転席から、たまにルームミラーで後部座席をちら見して、様子をうかがう。そこで目が合うものなら、すぐに視線をずらす。
 小さな車での送迎も、近いようで遠い距離感だった。元気づけたり、気の利いたアドバイスができないかと考えていたが、思うようにできないまま、受験勉強の終わりを迎えた。
 喜びと安堵に加え、何かを気にしながら送迎する日が来ないことに、寂しさもある。父親としての合格は、春霞の先にあるのだろうか。今はまだ、よく分からない。(壮)