令和8年05月20日付

 その方のことを社内では、敬意を込めて「鎌倉の老婦人」とお呼びしていた▼鎌倉市在住のとある高齢女性と、わが社との交流が始まったのは東日本大震災直後。全国紙に掲載された私の記事を読み「応援したい」と言って、同市にある自然酵母のベーカリーから、社員宛てにパンを送ってくださったのが最初だった▼パンの支援は何度も続いた。やがて、美しい装飾が施されたメモ帳やレターセットなど、こまごました愛らしい文具も同封されるようになった▼箱を開いた瞬間の、あの「プレゼント」を贈られた時のような胸のときめきは忘れ難い▼食べられて、寝られて、着るものがあるだけで御の字─そんな生活をしていた当時だ。それらの美しいものたちに触れた時、「人は衣食住のみで生きているのではない」と思い知った。楽しみや心を豊かにしてくれる何かがあって初めて、人生と呼べるのだと▼こちらからは、気仙の美しい風景をありったけ写真にしてお返事したことがある。「ここは『被災地』かもしれないけれど、とてもすてきな場所です」と手紙を添えて▼「あなたが古里をどれだけ愛しているか伝わったわ。いつか行ってみたい」─そうおっしゃっていた老婦人の訃報が先日届いた▼お目にかかることはついになかった。魂だけでも飛んできて、気仙の風薫る5月を見てくれていないだろうか。