令和8年10月12日付
秋も深まり、仕事を終えるころにはもう、とっぷりと日が暮れてしまっている▼でも帰宅して庭に足を踏み入れると、目をつぶっても玄関扉までたどり着ける気がする。戸の脇に咲くキンモクセイの芳香が導いてくれるからだ▼「今年は開花が遅いな。今になってようやく香り始めた」▼家人にそう言われ、言下に否定した。「違うよ、もともとこの時期の花なんだよ」と▼何をそうムキになるのかというと、10月生まれの私にとってキンモクセイは、幼少のころから誰がなんと言おうと〝私の花〟と決め込んでいるためである▼それがここ数年は、秋分過ぎに開花する年が多かった。これでは9月の花になってしまう…とおとなげなく気をもんでいたところ、今年は10月の面目躍如といった気候に戻り、大満足していたのだ▼喜びいっぱいに鼻孔を膨らませその香気を吸い込んでいると、自然に思い出す場面がある。11年前に父の遺影を撮ったのも、今と同じ季節だった▼「人はいつ死ぬか分からない。少しでも若いうちに写真を残しておこうよ」と庭に連れ出し、金色の花越しに写した。やはり10月の生まれであった彼の笑顔は、10月の花の香と色に彩られている▼願はくば花の下にて〝秋〟死なむ―。空から降る芳香に包まれるたびに思う。そして私も今のうちに、〝私の花〟と写真を撮っておこうか―などとも。






