令和8年10月28日付

 第91代首相を務めた福田康夫氏が90歳で死去した▼「日本は、戦争をしないという意思表示を常にせねばならない国」「〝戦争をしなければ〟なんて状況をつくらないことに全力を尽くすのが政治家の仕事で、その基盤が外交による信頼関係」▼亡くなる数カ月前の言葉である。体調がすぐれない中、反戦と外交の重要性を訴えるためインタビューに応じ、「今の外交は〝どこそことはけんかしてもいい〟と安易に考えている」と危機感を示した▼晩年にあっても繰り返した通り、福田氏が政治家として最も力を注いだのが、日中関係改善をはじめとする外交政策だった▼官房長官時代、北朝鮮の金正男氏の不法入国事件があった際、国外退去処分を決めたのも福田氏。甘いと批判されたが、これが翌年の日朝首脳会談の伏線となり、一部の拉致被害者の帰国につながった▼虎の威を借りて威嚇するのではなく、大局を見据え、対話と協調を重んじる姿勢こそが日本に利益をもたらす―そんな信念があった▼近現代の日本とアジア諸国との関係を知るための歴史資料センター創設も後押しした。公文書の管理ルールを徹底させたのもこの人だ▼〝政権に不都合な記録も隠さず残し、向き合っていくことが、成熟した国家としての自恃〟―そう考えられる政治家がかつてはいたのだということが、今ではあまりにもまぶしい。