令和8年06月14日付
10年近く前だ。庭の梅の「なり年」があり、放置するには惜しいほど実がついた▼せっかくだからと、この年に初めて「梅仕事」に挑戦した。といっても、梅干しではなくすべて梅酒にしたところが、飲んべえの飲んべえたるゆえんである▼素直にホワイトリカーと氷砂糖を使ったものから、黒糖を入れたもの、安いウイスキーに漬けたものなど、〝塩梅〟して4種類作った。細工は流々、仕上げをごろうじろ―と、数年後を楽しみに待った▼いやあ、そのビンの存在を忘れるのに苦労したことと言ったら。どうにか頭の隅へ追いやり、まずは1年耐えた▼2年目、こらえきれず試飲した時、期待感は粉々に砕かれた。どれ一つとしておいしくなかったのである▼梅酒らしき味はすれども、嫌なえぐみが口に残る。貧相な梅の木だから実自体がまずかったのかとも考えたが、別の心当たりもあった▼仕込みに際して梅のへたを取りながら、傷ついた実が混じっていることには気付いていた。が、傷んだ梅を取り除く手間を惜しんだのだ▼あれが良くなかったに違いないと、おのれの横着を悔やみつつ、いや、もっと時間がたてばきっとえぐみも消え、まろやかになっていくはず…そう信じてさらに何年か待った。だが今年改めて味見し、もうだめだと悟った▼〝かばねをやめばあとで損する〟―これはそんな寓話である。






