令和8年03月07日付

 青森県おいらせ町には「自由の女神」像が立つ▼同町とニューヨークが同じ北緯40度40分に位置する縁から、町が平成2年に建立したのだという▼先日これを見物した。本家の4分の1サイズとはいえ、さすがバブル期の産物。見事なものだった▼台座の3方には、当時の首相・海部俊樹氏が「自由平等博愛」と、元青森県知事の北村正哉氏が「開明進取創造」と、同町にゆかりある棋士・大山康晴第15世名人が「善隣友好」と、それぞれに揮毫した石碑がはめ込まれていた▼自由と博愛の精神を持つ、豊かで開明的で、フレンドリーな民主国家―実情はどうであれ、30年ほど前の一般市民はまだ米国にそんなイメージを抱いていたように思う▼けれど、ああ。今やこれらの言葉から世界はどれほど遠ざかってしまったことだろう▼英語のlibertyとfreedomはどちらも「自由」と訳されるが、前者は法的に認められた権利や独立、圧政と権力からの解放を、後者は心身が自由なさま、制限なく好き勝手できる状態を指す▼自由の女神はStatue of libertyだから、むろん前者の象徴である。だが今の米はfreedomだ。国民でなく、為政者にとっての▼身勝手と自由をはき違えた者たちが、横暴のフリーチケットを手にした世界―そんな国際情勢のさなかで碑を見上げた。これらの価値観が失われた先には、何があるのか。