令和8年04月12日付

 どの地元事業所にも大震災発生当時の知られざる苦労や思いがあったのだ─11日付本紙1面、碁石給食の記事を読みながら、大きくうなずいていた▼炊き出しや無償の弁当配布をしていた同社だが、従業員からはもうけにならないと反発も起きたという▼小社も津波で個別配達不能となり、新聞を避難所に無料配布していた時期がある▼読者も広告主も失った中、先代は社員を前に言った。「この先、給料が払えるかどうか分からない。払えても数分の1になる。だから遠慮なく次を探してくれ」▼配達できない以上、購読料をもらうわけにはいかない。喉から手が出るほど情報を欲している被災者のため、当面の無償配布は当然─と私は納得したが、それは経営者の子だからできたに過ぎない。言われた社員は不安と不満を、使命感でなんとか抑えてくれていただけだったろう▼けれどその後、読者は戻った。仮設住宅に入居した方々は「一番大変だった時、東海新報を届けてくれてありがとう」と言って再び購読してくれた▼目先の損失だけ考えると、見誤る。あの時、平時通りに購読料なぞ取っていたら、今ごろ小社は存在していなかったろう▼サービスの対価を受け取ることは、互いが対等でいるためにも大事だ。だがいざという時に損得勘定抜きで動けない企業を、人は信用しない。それを忘れないでいたい。