令和8年03月04日付
きのう3月3日はひな祭りで、「耳の日」で、昭和三陸津波(昭和8年)の日だった▼陸前高田市気仙町の津波記念碑には、「不時の津波に不断の用意/地震の後どんとなつたら津浪と思へ/地震の後潮が退いたら警鐘を打て/津波来たなら直ぐ逃げろ/大津浪三四十年後に又来る/金品より生命」と、六つの教訓が刻まれる▼東日本大震災のあとで碑文を読み、〝すでに何もかも記されていた〟ことにがく然とした。こんなにはっきりと答えが示されていたのに、私たちは生かせなかったのだと▼沿岸各地にはこれ以外にも多くの津波教訓の碑が残る。けれど震災後、「碑があるのは分かっていた。でもそれが何なのかは意識してこなかった」とよく耳にした▼碑を建てただけで満足してはだめだ、碑だけでは伝えきれない―15年前の震災でそう痛感した人々が、伝承のために数々の工夫を凝らしてきた。津波到達点に桜木を植えるプロジェクトなどもそうだ▼他方、本県でも「復興教育の見直しが必要」という教職員の回答が58%に上っている。震災を知らない子への、新たな対応が必要だと▼あの出来事も遠くなりつつある。石碑に限った話ではない。どんなに意義深い試みであってもその意味が正確に伝わっていなければ、大事なことはまた薄れゆくのだ―そう認識を改め、また一からの伝え直しが求められる。





