令和8年06月11日付
その人に降りかかった悲劇や置かれた苦境などが読み手に伝わり、多くの人に注目してもらえるなら、話を多少〝盛る〟ことは是か。それとも非か─▼朝ドラ『風、薫る』の中でそんな問いが描かれた▼主人公りんの友人島田は、廃娼運動に寄与しようと、心中を図った遊郭の女性について記事にする▼その影響で世の関心は高まるが、内容は当事者を特定できるもので、また美談として脚色もされていた▼本人を看護するりんは島田をなじるが、彼は「新聞には…文字には力がある」と、あくまで女性たちを救うため、世間に知らしめたかったと主張する▼島田の言い分は正しい。そして間違ってもいる▼文字の力は確かに社会を、人の心を動かすことがある。けれどその力が、誰かの経験を切ったり張ったり、こねくり回して生み出されたものなら、必ず当事者を傷つける▼それは相手を人としてではなく、〝素材〟として扱ったことにほかならないからだ▼冒頭の問いは、とりわけ震災報道に携わる際などに、記者の誰もが一度は自問自答する▼誰か1人の経験が、1万人を救うことはある。だがそのために1人の心をないがしろに扱ってはならない─これが私の答えだ▼記者は「文字の力」という名の加害性を持つ。自分のペンが、相手を傷つける可能性はいつだってある。それを忘れないようにしたい。





