令和8年07月01日付

 北辰一刀流の開祖・千葉周作が生まれたのは陸前高田市気仙町―そう信じ、発信してきた関係者にとって「気仙沼市説」に軍配が上がりそうという先日のNHKニュースは、大変に動揺するものであったろう▼周作は江戸に剣術道場「玄武館」を構え、坂本龍馬や新選組の志士ら多くの門弟を抱えたとされる幕末の剣豪だ。「生誕之地碑」が気仙町にあり(震災津波で流失したが、現在は済生会陸前高田診療内に移設されている)、同市では長年、周作を顕彰する剣道大会も行われてきた▼だが仙台市博物館所蔵の仙台藩士による日記がこのほど調査され、藩へ宛てた藩士の書状の中に周作の身上書の写しが含まれているのが見つかったという。そこにあったのは「本吉郡気仙沼村」の文字▼周作と同じ場所で生まれたとされる弟が士官した際、その身上書には「気仙郡気仙沼村」と記述されていたそうだ。現代においても気仙地方と気仙沼市はよく県外の人に混同されるから、これもきっと気仙村(現気仙町)の書き誤りだろうと思っていたのに…▼東北大学の平川新名誉教授は、今回の新発見が「論争に終止符を打つ」としているが、まだどんでん返しがないかと考えてしまう▼卑弥呼をはじめ歴史上の人物の生誕地について、それぞれの地域が「うちこそ本物」と頑迷に主張している気持ちも、今ならよくわかる。