令和8年03月12日付

 某大学の先生から「震災翌年の平成24年~昨年の、3月12日の紙面をいただきたい」と依頼があった▼毎年3月11日を捉え、掲載する翌12日の紙面構成がどう変化していったのか分析したいのだという▼新聞は残っていないので、1面と社会面、写真グラフ面をデータで用意し、この機会に自分も読み返してみた▼通して眺めると確かに多くの変遷が読み取れた。まず、気仙両市主催の追悼式典の参列者が徐々に減少している▼3年ほど前、同じ先生らが「3月11日を過ごす場所」を調査した結果、「自宅で過ごす人の増加」と「公的な追悼式典に出席する人の減少」が、発災10年以上経ての大きな変化として分かった▼住民が高齢となり、出歩くのが難しくなっていることも要因の一つと考えられる。当然、コロナ禍も大きかったろう。いずれにしろ、調査結果と同じ傾向が紙面にも現れていた▼民間の行事を見ても、規模が小さくなったもの、すでに行われなくなったものがある▼専門的な分析は先生にお任せするとして、個人の雑感だが、以前の震災関連行事には支援者らもかかわって積極的に発信する〝外向き〟のものも多かった▼これは、風化を恐れる住民の気持ちの表れだったのではないかと思う▼一方で今はそれより「内輪で静かに過ごしたい」人が増えているのかもしれない─そんなことを感じた。