令和8年01月29日付
世間で言う七回忌だったらしい。先代の世迷言子だった父がみまかって、先日で6年がたった▼「こんな寒い時期に死ぬと弔問客に申し訳ないからだめですよ!せめて春まで待とうよ」と呼びかけたのが最期。その冗談が聞こえたかどうか、聞こえたとしても大して面白くはなかったとみえ、ウンともスンとも言わずいってしまった▼新型コロナの感染爆発が始まったのはこの直後だ。むしろ春まで待たなくて良かったのかもしれない。でももし生きていたら、今はどんなことを書いていたのかなとはよく考える▼3代目になってから小欄は〝変わった〟と評される。合わなくなったとも、前と違って今は好きとも言われるから、確かに変わったのだろう▼他方、コロナ禍、ウクライナ侵攻など、世界の安定と秩序を破壊した転換点を経ても、先代なら昔のままの調子で書いていたかな…というと違う気がする▼父は愛国者だ。相当に買いかぶって言えば、偏見や差別など日本の恥さらしになると断じ、他国と正面から向き合い・高め合ってこそわが国に利はあると考える本来の意味の保守だ▼その世迷言子が、身勝手な自国第一主義と極右の台頭、反差別や包摂へのバックラッシュから不寛容に染まりゆく時代に異を唱えなかったろうか?国民の生活も心も貧しくなっていくのを見過ごしたろうか―と、そう思うのだ。





