令和8年07月12日付
織田信長に反旗を翻し、籠城。家臣とその妻子らを残し自分だけ逃げ延びた「天下一の卑怯者」▼そう不名誉に語られる摂津の武将・荒木村重。このエピソードは先月、大河ドラマの中でも描かれたが、同じころ、村重をまったく別の角度からとらえた映画『黒牢城』が公開された▼有岡城に籠城した約1年の間に、城内で不可解な出来事が相次ぐ。村重は土牢に幽閉した織田方の軍師・黒田官兵衛にその謎解きを迫り―これが同作のストーリーだ▼監督の黒沢清氏はホラー映画の鬼才である。幽霊がドーン!と出てくる怖さではなく、ざらりとした嫌な感触がいつまでも残る、静かな怖さ。全体に暗く不気味なトーンでありながら、なぜか「はかない・切ない」と感じる映像…▼史実を大胆に脚色してつむいだ、骨太な時代劇ミステリである本作でも、こうした黒沢流の映像美は健在だ▼なぜ村重が謀反を企てたのか。落城までに何があったのか。撮影、照明、ロケーションが画面上に絶妙な陰影を生み、それが筋の面白さと俳優の演技の巧みさを増幅させる。同監督がホラー作品で確立した手法は今回、「人間」を際立たせるのだ▼ラストシーンの美しさに息をのんだ。それは晩秋のすすき野であるとだけ言っておく。一本道にさす光と影。その暗示するところを悟った時、大きなカタルシスを味わえるはずだ。





