令和8年08月06日付
きょうで原爆投下から81年となる広島。被爆者が数少なくなり、被爆の実相を伝えることが難しくなる中、広島平和記念資料館では、恐ろしげな展示を子ども自身が「見ない」と選択できるエリアを新設する計画がある▼凄惨な状況を伝える絵や写真に関し、子どもから「人が人の形じゃないのが怖い」「頭から離れない」という声があり、トラウマを防ぐためだという▼一方で被爆者からは「原爆の悲惨さを知らずして核兵器廃絶は伝えられない」と、選択制への懸念の声が上がる▼確かに同館の展示は大人でも目をそむけたくなる。多かれ少なかれ心に傷を受ける。けれどそれは、世界中の人間が〝引き受けるべき〟種類の傷でもある▼いや…傷というより〝刻印〟なのかもしれない▼戦争になり核が用いられれば、その絵や写真の出来事が再び現実になる―「人が人の形じゃない」ほどに損なわれるのが戦争だ―そんなのは絶対に嫌だ!という強い嫌悪を忘れないために刻む印―▼痛みや恐怖を味わうことは、同じ危険や脅威から自分を遠ざけ、痛みを繰り返さないために必要な経験でもある▼見せない、ではなく、見たあとに混乱と恐怖で終わらせないためのフォローを考えるのが大人の責任で、それには大人も学ぶ必要がある。その手間を惜しむために先回りし、「臭いものにフタ」をするようではいけない。






