令和8年06月24日付
きのう23日は沖縄「慰霊の日」だった▼沖縄が太平洋戦争でどれほど辛酸をなめ、汚泥をすすらされてきたか。今なお米軍基地の問題で苦しめられているか。そしてそれらの現実を本土の人間がいかに軽んじてきたか―理解したうえで、恒久平和を守るために言いたいことがある▼辺野古沖でボートが転覆し、平和学習に訪れていた女子高生らが亡くなるという痛ましい事故が3月に起きた▼学校と船を運航する反基地団体の非が指摘される中、ひどかったのは団体側が開き直ったこと。組織を構成する日本共産党の田村委員長は、「船に乗せたこと自体が重大な誤りだった」と謝罪したが、社民党の福島党首は「埋め立てるほうが悪い」と責任転嫁した。沖縄の地域紙は活動をかばうかのように、亡くなった生徒の声を勝手に代弁する投稿を載せた▼「反戦平和」が共産主義的とみなされ、やたら忌み嫌われたり冷ややかに見られがちなことは理不尽でしかない▼だが「基地反対と言うのは〝プロ市民〟の証拠」「平和運動する人は思想が偏っている」といわれなく遠巻きにされる現状は、こうした一部の左派の態度に起因するとは本当に言えないだろうか▼戦争反対と声を上げるだけで〝左巻き〟などと冷笑され、声を上げづらくなる―。そんなばかげた風潮も、転覆事故の検証や深い反省なくば打破は難しかろう。






