令和8年03月11日付

 本紙が15年間、1面に毎日「気仙2市の被害者数・行方不明者数」を掲載し続ける理由を、人に尋ねられなくなってから久しい▼というより、気付いていない読者のほうが多いのかもしれない。われわれでさえ普段は意識せず、ただのレイアウトの一部として見てしまっているぐらいだ▼「管内に限ってもこれだけの人が犠牲になったのだという後悔を忘れず、教訓としてずっと伝えよう」─掲載を始めたのも、続けてきたのもそんなプライドからだ▼しかし15年がたった今、きょうのような特集号のみならず、通常紙面にまで載せ続けるのはもはや不自然なのかもしれない▼肝心の中身が形骸化しては、単に「やめ時を失っただけ」と見られても当然である▼肝心の中身─つまり、本紙が本当に伝え続けねばならないのは、亡き人をカウントしただけの数字ではなく、数字の裏にある一人一人の人生についてなのだから▼人の命は一度失われれば終わり。二度とは取り戻せない誰かの大切な人生が何千と津波に奪われてしまったこの地で、「ではどうすればよかったのか。どうしたら失わずに済んだのか。生き残った人たちがどうやって歩んできたのか。その中で何を懸命に取り返してきたのか」─そういった問いを自らに突きつけるためにこの表があるのだということこそ、忘れぬようにせねば。