令和8年01月17日付
〈「30年と31年の違いは何ですか」。震災で兄を亡くした女性の口調は少し厳しかった。(中略)答えられずにいると、彼女は言った。「私たちは変わらへん」。あなたたちは変わるのですか。そう突きつけられた気がした。〉▼右の文章は神戸新聞の阪神・淡路大震災30年報道「災害の記憶」から引用した。書き手は、同企画で昨年の新聞協会賞を受賞した中島摩子さんだ▼災害が発生した日の前後や、節目と呼ばれる年にだけ、メディアが思い出したかのように取り上げる―いわゆる「記念日報道」への皮肉―中島さんが女性に投げかけられた言葉は、身に覚えがあった▼取材される側にすれば、震災経験を〝メシのタネ〟にされていると感じるのは当然だろう。だからこそ私たちは「震災報道、記念日報道を続ける理由は何か」を謙虚に自問自答し、その答えをいつも明確にしておく必要がある▼〈これはいつかあったこと。/これはいつかあること。/だからよく記憶すること。/だから繰り返し記憶すること。/このさき/わたしたちが生きのびるために。〉▼神戸の詩人・安水稔和氏の詩を引き、中島さんは語る。「なぜ災害の記憶を継承するのか。答えの一つはこれかもしれない」▼〝いつかまたあること〟に備えるため、年1回でも思い出してもらう機会をつくる―それが伝え続ける理由だと、私も思う。





