令和8年08月16日付
特攻―生身の人間を魚雷代わりに使ったというおぞましい事実を前に、「特攻隊員の死はむだではなかった」「お国のために死んだ英霊たちに感謝を」と言われても素直にうなずくことはできない▼私たちがすべきは本当に「感謝」だろうか?年端のいかぬ若者をむざむざ死なせてしまった大戦の「反省」、ああした非人道行為は二度と繰り返させぬという「誓い」こそが、戦没者の御霊を安らげるのにも、愛する人たちの未来を守るためにも必要なことではないか▼特攻隊員の多くが手記や遺書に「お国のため」と記し、残された家族らが表向きはそれをたたえたのも、自身が…あるいは、夫や息子が強いられた「無意味な死」に対してなんとか意味づけし、自分を納得させる文脈であった▼勝機を完全に逸してなお「日本の男子の半分に特攻させれば勝てる」などとあがき、無謀でずさんな作戦を強行した軍部が、批判の矛先から逃れるため〝彼らは敬われる存在として死んだのだ〟として弄したのが「英霊」という言葉だ▼特攻作戦を美化することには、若者をむだ死にさせた愚行から目をそらさせ、責任の所在や問題を透明化する効果しかない▼国体の維持だかなんだかのために〝死ぬ係〟など、この先一人だっていてはならない。愛するわが国に、二度とそんなことはさせない―81回目の終戦記念日に誓った。






